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私、毒親生まれ、毒親育ち、フラッシュバックはだいたい苦しい

毒親育ちがフラッシュバックと向き合うブログ。 一児の母親でもある。

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ども! つらいたんはいわゆる毒親育ちです。
現在は結婚して出産し、一児の母です。
このブログでは毒親育ちの過去のことや私の性格、フラッシュバックのこと、
毒親育ちの分析、更に毒親育ちの人の自分の子の子育ての分析など
そういったしんどいことを吐き出して気持ちを軽くするために、ブログを書いていこうと思っています。

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毒親育ちが、介入について更に考える

毒親育ちのアドラー心理学

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ども。つらいたんです。

 

毒親育ちのアドラー心理学考察をするのが定番になってきました。

ちょっと今、気に入ってる。

dokuoyaumaredokuoyasodachi.hatenablog.com

介入について

前回の記事を書いてから、

引き続き、介入についてじっくり考えてた。

 

私は自分の選択したことにその背景も知らずに土足で介入されるの(してるのを見るのも)嫌だなあと思ったんだけど、

 

それこそそれは「介入(評価)しようという選択」をしたその人の問題であって、私の抱える問題じゃない、かなと思った。

 

他者の介入や評価が気になるのなら、それは私自身課題の分離ができていないということなのかも?という結論に至った。

 

そして次は行動

で、そう考えが至ったら次は行動なんだけど...

 

評価や介入は他者の問題だと切り分けて、意識して気にしないようにしてスルーする、ということなのかな?

 

でもなんかその行動がそれで良いのかどうかが、まだもやもやしてる。

もしかしたらこれじゃないのかも。

 

意識して気にしないようにしてスルーする、、もけっこう難しい。 分離する、ということは分かっていても難しいなと。

 

ここは物理的にもいったん分離する「手段」を無理せず使用してもいいのかもと思った。 

私はこういう手段をネガティブなものと感じていたんだけど、

これは無用な争いを避けるものなのかもしれない、と今は少し思う部分もある(これももしかしたらまた別の結論が出るかもしれない)

 

分離ができたら、課題の共有

そして、その次の切り分けた課題の共有、がまだ自分の中で結論が出ていない。

具体的に行動もわからない。

もう一度冷静に考える、私の課題:「介入してほしくない」

これの分離の仕方は分かった。これをどう共有するか。

 

これを共有するにはどういう結論と、行動があるのだろう?

そこが次の考えるとこやね…

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