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私、毒親生まれ、毒親育ち、フラッシュバックはだいたい苦しい

毒親育ちがフラッシュバックと向き合うブログ。 一児の母親でもある。

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ども! つらいたんはいわゆる毒親育ちです。
現在は結婚して出産し、一児の母です。
このブログでは毒親育ちの過去のことや私の性格、フラッシュバックのこと、
毒親育ちの分析、更に毒親育ちの人の自分の子の子育ての分析など
そういったしんどいことを吐き出して気持ちを軽くするために、ブログを書いていこうと思っています。

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親子の相性について

毒親あるあるネタ

私の母曰く、弟は子供の頃から両親に好かれようとしてたけど、私(つらいたん)は違っていたそうで。

「もう幼稚園児くらいにはつらいたんは両親との相性が悪かったのだ」と母がよく言うのです。

 

そんな小さい頃から相性とかもうあるものなんだねえ…と驚きまして。

うちの娘もその頃には、私や夫との「相性」が出るのかな。

 

でも実際、親子でも相性はあるのだと思う。
特に比較対象(兄弟姉妹)が出てくると、顕著になるのだと思ってる。

我が家は、娘一人だから正直相性が合う合わないとか今のところ分からないのだ。

たぶん何人か育てると、この子とは合うけどこのことは合わないなあとかはっきりしてくるのだと思う。

 

そういう自分のトラウマもあって(家庭内で差別される)、

やっぱりうちは一人っ子かなあ…と思ってるんだよね。

 

私は逆に、子供と相性が合わないと思う親側の意見が聞きたい。

私の母親と同じように子供と相性が合わない。
例えば妹はかわいいけどお姉ちゃんとは相性が合わない。

 

というお母さん方はどのくらいいるのだろう?

そう気づいた時期(何歳ごろか)。
可愛いと思えない理由を聞きたい。

 

友人が多い子は良い子

毒親の地雷 毒親あるあるネタ

お久しぶりです。つらいたんです。

ずっとブログ更新できていなかった…最近割合平和だったので(というよりも、毒親の地雷を踏まないようにこっちが気を付けていた。)

 

だったんですが、どうやらまた地雷を踏んだようです。

 

つらいたんは毒親に昔から、

「友人が少ない」ということをネチネチ言われ続けていた。

つらいたんが○○だから友達少ないんだ!!と…。

 

友人がいると自分自身が生きやすい、というのはあると思う。

心から信頼できる友人がいるというのは人生を豊かにできる。

 

だけれど、

だけれどね。

つらいたんは思うのです。

 

「友人が少ない、いない子は悪い子」

「友人が多い子は良い子」

 

という価値観は、つらいたんは娘には持ってほしくないのです。

 

だって、

もし娘が友達少なかった(いなかった)ら。

「私は友人が多い子より、悪い子なんだ。劣っているんだ。」

なんて思ってほしくないのです。

 

逆にもし娘が友達が多い子でも。

「クラスのあの子は友人が少ない。あの子は悪い子。私より劣ってる」

という価値観をつけたくないのです。

 

ありのままで、そのままで、

あなたはあなたで、本当は素晴らしい。どちらであったとしても。

娘にはそう伝えたい。

 

だから、言葉を気を付けようと思ってる…

っていう話を実母にしたらめっちゃ激怒されました。

地雷だったのでしょうね。

もう本当恐いわ…。

毒実家による娘の煙草の誤飲

毒親育ちの妊娠→出産→育児

もちろん我が家には喫煙者はいませんが…

毒親実家には喫煙者が2人もいます。

しかも一人は二度死ぬか生きるかの重病を患っており、

その後医者に煙草厳禁を宣言されているのにも関わらずのヘビースモーカー!

 

以前も娘が実家の灰皿を軽く舐めたことがあって…(しかも一見財布にしか見えない携帯灰皿。分かるかアアアア!!)

 

実家に訪れた際は、いつもチェックしているのです。

 

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ですが、どこかに煙草がまるまる1箱開封した状態で、落ちてたみたいで…、

 

口の中に入って煙草が真っ二つに割れてる…さっと取り出して、吐かせて、なんとか取り出しました。
そんなに飲んでないっぽく、

その後4時間ほど様子を見て、水分を飲ませず。

 

とりあえず体調不良はないので、事なきを得ましたが…。

 

一本食べただけでも、乳児には致死量。

こわいよ…

それだけでなく実家には危ないものがわんさか。


できれば煙草を手の届かないところに置いてほしいと軽く言うだけで、ブチ切れられ

 

その後私の全人格否定を繰り広げられるので、

 

たばこの誤飲の疲れと重なりいろいろ疲れてしまいました。

 

いやまあ…本人の家だから仕方ないんだけどさ。

ちょっとお願いしただけで、そこまで全ての人格攻撃をしなくてもいいのに…。

 

結論

危険すぎるので実家には娘は連れて行かない。と心に誓いました。

そんなところに連れていった私が悪かった…。

 

私だけならともかく、娘を実家の毒に巻き込むわけにはいかない。


本当、いろんな方のブログ見てると乳児期の大変な時に、実家に帰って休めるまともな実家がある人がうらやましい。

むしろ私は実家に行った方が危険が多すぎて、気が休まらない。。。


出産後の里帰りもけっこうひどかった…これはまた追々。

毒親でも外部のコミュニケーション能力は高い

毒親研究 毒親育ちの過去

毒親って社交的? 内向的?

毒親って、要はコミュニケーション能力の部分もあるのかなと思っていたんだけれど、

 

でもね、私の母親は、実はとても友達が多く人付き合いが上手いのです。

仕事もコミュニケーション能力を活かした仕事で成功している。

 

毒親でも外部に向けてのコミュニケーション能力は高い

 

だけど、私には毒親…なのですよね。


人付き合いが上手いから子供にとって毒親ではない

というわけではないんだなあと思ったこと。

 

ただ、私がやることなすこといつも文句ばかりであと自分以外の人間の悪口は多かったなあと今振り返ってみて思う。

(でも社交的で魅力的なんです)

 

教訓

他人の悪口は、やっぱり私はしないように気を付けようとおもった…。

むっとするようなこと言われたり、不利益を被るとついつい言っちゃうこともあるんだけどね…でも本当それは自分よくないなと思う。

 

特にそういう姿を自分が子供に見せたくないなと、子供産んでから思うようになった。
本当に自制心を強く持たなきゃな。

 

研究研究

毒親育ちが、介入について更に考える

毒親育ちのアドラー心理学

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ども。つらいたんです。

 

毒親育ちのアドラー心理学考察をするのが定番になってきました。

ちょっと今、気に入ってる。

dokuoyaumaredokuoyasodachi.hatenablog.com

介入について

前回の記事を書いてから、

引き続き、介入についてじっくり考えてた。

 

私は自分の選択したことにその背景も知らずに土足で介入されるの(してるのを見るのも)嫌だなあと思ったんだけど、

 

それこそそれは「介入(評価)しようという選択」をしたその人の問題であって、私の抱える問題じゃない、かなと思った。

 

他者の介入や評価が気になるのなら、それは私自身課題の分離ができていないということなのかも?という結論に至った。

 

そして次は行動

で、そう考えが至ったら次は行動なんだけど...

 

評価や介入は他者の問題だと切り分けて、意識して気にしないようにしてスルーする、ということなのかな?

 

でもなんかその行動がそれで良いのかどうかが、まだもやもやしてる。

もしかしたらこれじゃないのかも。

 

意識して気にしないようにしてスルーする、、もけっこう難しい。 分離する、ということは分かっていても難しいなと。

 

ここは物理的にもいったん分離する「手段」を無理せず使用してもいいのかもと思った。 

私はこういう手段をネガティブなものと感じていたんだけど、

これは無用な争いを避けるものなのかもしれない、と今は少し思う部分もある(これももしかしたらまた別の結論が出るかもしれない)

 

分離ができたら、課題の共有

そして、その次の切り分けた課題の共有、がまだ自分の中で結論が出ていない。

具体的に行動もわからない。

もう一度冷静に考える、私の課題:「介入してほしくない」

これの分離の仕方は分かった。これをどう共有するか。

 

これを共有するにはどういう結論と、行動があるのだろう?

そこが次の考えるとこやね…

なんで人って他人の生活にそんなに介入したがるのかなあ

毒親育ちのアドラー心理学

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つらいたん、前回嫌われる勇気を読んだことをブログに書いたが、

 

dokuoyaumaredokuoyasodachi.hatenablog.com

 

嫌われる勇気読んだあとだと、

なんで人って他人の生活にそんなに介入したがるのかが、不思議に思うようになった...。

 

実際、その人が懸念するようなことがあったとしても、

その結果を引き受けるのはその人本人なのにね。

 自分もきっとそういうことをしてしまうこともあるのだろうけど、なんでなんだろう。

なんでなんだろう…という理由を考えた

相手の人生に介入しようとする理由って

・相手に幸せになって欲しいから

・相手をコントロールしたいから

・ 対人関係を縦に捉え、相手を自分が正しくて、相手は間違ってると思い込んでるから、相手を自分より低く見てるから介入する

・好きだから一緒に考えたい

・大好きだから助けたくなる

 

…こういうとこかしら?

 

そんでね。どの理由だったとしてもですよ。

自分が介入したことで相手が本当に幸せになるかもまた別問題だなあと思う。

これが課題の分離かな?

難しいね。

 

他人の人生を生きてはいけない

しつこくずーっとずーっと人の生活に粘着して、

チェックして、

 

あの人はああすべきこうすべき

をずーっと言ってる人を見かけた。

 

自分の生活のことより他人の生活のことのが気になるみたい。

それって幸せなんかな…

だってさ、自分の時間は限られているから、他人の人生を生きて、

時間を無駄にしてはいけないよなって思った。

反面教師だな。うん。本当にこれは気を付けたい。

 

他人に向けてじゃない、自分に向けての発信をする

私は私の生活をああするこうするだから自分で気を付けよう

という発信を自分はするように気を付けていて、

基本的に他人の生活にはん?と思っても介入しないことは

「嫌われる勇気」を読む前からなるべく気を付けていたりする。

とはいえ、やっちゃうこともあるんだけどね。

まだまだ、未熟。

 

本当に善いと思うことがあれば、自分一人で完結できる話

そもそも、だれの意見が正しいかなんて…人の数だけ正しさがある。

 

だから、善いと思うことは、自分一人でする。

本当に自分が善いと思うのなら、自分がそれをすればいい、それで完結できる話だ。

 

でももし仲間から助けて…って言われたら、その時にいつでも助けられる準備をしておく。

 

私は、その関係が良いな。

だからそうできるように頑張ろう!

毒親育ちは縦の関係しか知らない

毒親育ちの教訓 毒親育ちに効く本 毒親育ちのアドラー心理学

 

つらいたん嫌われる勇気を読んだ。

つらいたんが、ベストセラーとなった嫌われる勇気をやっと読んだよ。

 

アドラー心理学では、

「トラウマなんて存在しない」

が、話の軸なので、毒親育ちには、けっこうキツイことも書いてあるんだけれど…

 

でも、より生きやすく、苦しみが少なくなる「ひとつの手段」になるかなと思います。

 

これはと思った言葉を列挙

 

あなたにできるのは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」それだけ。

一方で、その選択に対して他社がどんな評価を下すのか。これは他社の課題であってあなたにはどうにもできないこと。

 

人は対人関係の中で、わたしは「正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れてる。

 

性格や気質のことを「ライフスタイル」とよぶ。
ライフスタイルは自分で選んだものだから、再び自分で選びなおすことができる。
これが「人はいつでも変わることができる」の根拠

 

過去や環境や能力が足りないからじゃない。
「幸せになる勇気」が足りない。

 

これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない。

 

まず「今の自分」を受け入れてもらい、たとえ結果がどうであったとしても前に踏み出す勇気を持ってもらう事。
こうしたアプローチが「勇気づけ」

 

自慢する人は劣等感を感じている。例えば権威づけ。
例えば権力者と懇意であることをアピールする。
それによって自分が特別な存在であるかのように見せつける

 

いまの自分よりも前に進もうとすることに、価値がある。

 

あなたが正しいと思うのなら、他の人の意見がどんな意見であれ、そこで完結するべき話。

 

他者の課題には介入せず、自分の課題には誰一人として介入させない

 

課題を分離することは対人関係の出発点

 

対人関係を縦に捉え相手を自分より低くに見ているから介入する。自分は正しくて相手は間違ってると思い込んでるから正しい方向に導こうとする。

介入ではなく横の関係による援助が勇気付け。

 

普通であることは無能であることではない。
わざわざ自らの優越性を誇示する必要などない。

 

 

などなど…つらいたんの心に染みる言葉がたくさんありました。

うん。

 

毒親育ちは縦の関係しか知らない

毒親育ちは、縦の関係にさらされている場合が多いと思う。

だから、横の関係でのアプローチの方法を知らない、のだと思うのです。

 

でも、最初に言った通りアドラー心理学では

「トラウマなんて存在しない」ので、

 

それはトラウマとして今の私たちを縛っているわけではなくて…

毒親育ちがアドラー心理学での言うライフスタイルだった。

 

毒親育ちがライフスタイル(笑)っていうと笑えるんですが、

 

 

ライフスタイルだったなら、

毒親育ちの私たちも、そのライフスタイルをいつでも変えることができる。

 

毒親育ちの私たちは、ただただ

「縦の関係」が正しいとの思い込みがあるだけで、

ただただ「縦の関係」しか知らなかった。

 

本当は、ただ、それだけなのかもしれません。

それが世界を複雑にさせている。

 

本当は、毒親育ちであれ何であれ、

世界は本当はとてもシンプル。

 

…なのかもしれませんね。

 

これからは横の関係を築いていきたい。

それを今度は自分の生き方と、自分の子育てで築きたい。

 

そんなことをつらいたんは思いました。

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